静かな朝だった。
父から譲ってもらったお気に入りのソファに腰かけ、部屋のどこを見るでもなしに見ていた。
幸せだった。
こういう何もしていない時間が好きだった。
時間の流れがゆっくりになり、なにか大きなものに包まれているような、そんな不思議な感覚が好きだった。
思えば昔から、「あなたはぼーっとしている」と言われてきた。
別に不快ではなかったが、なぜこの感覚を感じていることを、周りの人は否定的に話してくるのか不思議だった。
みんなセカセカと動き、慌てて過ごしているようだった。
もっとこの時間を楽しめばいいのに。
そう思うことも、もう多すぎて思わなくなった。
みんなはせわしなく、私は「ぼーっとしている」なんだ。
そういうものだと思う事にした。
静かで質素で、子供らしくない部屋だと言われた。
小さな窓が二つと、洋服の入ったタンスがひとつ。
お気に入りのブルーのシーツが掛かったベッドがひとつ。
ひいお爺さんの代からだという古い電気スタンドがひとつに、
今座っているソファがあるきり。
本当はタンスの中に、私のこれまでの人生で手に入れた数々の戦利品が隠されているのだが、それは母にも妹にも、もちろん父にも内緒だ。
父は仕事で海外にいることが多いらしく、滅多に会えない。
だが、幼いころにたくさん遊んでもらった記憶と父の頼もしい笑顔は、
今も私の身体の中に温かく残っている。
隣の部屋で、妹の呼ぶ声がした。
妹は、母に言わせれば私よりしっかり子供らしいようだ。
私からすれば妹たちの方が数倍しっかり者なのだが。
何の気なしに立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
瞬間、私の手に電気が走った。
最初は静電気かな、と思ったが、いつもと様子が違う。
ドアノブがガタガタと震えている。
妙な物音に振り返ると、
タンスも不規則に震え、窓も妙な軋み音を鳴らしている。
さっきまでは穏やかな朝日に照らされた、静かな部屋だったものが、
今は明滅する暗い光と、不快な雑音で埋もれてしまったようだ。
鼓膜の内側が膨らんだような嫌な圧迫感。
血液が一気に油のようになってしまった重苦しさ。
つい今まで私の部屋だった場所が、
今は私以外の何かが埋め尽くす、私の場所ではなくなっていた。
恐ろしい光景のはずだが、不思議と冷静だった。
明らかに異常事態だ。
だが、慌ててはだめだ。
そう思った。
ひいお爺さんの電気スタンドがこちらを睨み、
飛び掛かってくるまでは。
to be continued…
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